ISS計画に日本が参加する事になった経緯

1984年に米国レーガン大統領は、友好国および同盟国に対し、米国が国際協力で宇宙ステーション計画を進めようとしている事を表明し、同宇宙ステーションの開発および利用に参加して同基地から得られる利益を共有していこうと、ISS計画を呼びかけました。 この呼びかけに対し日本は、この国際協力による宇宙ステーション計画への参加は、材料科学技術やライフサイエンスなどの発展のみならず、産業、医療などの幅広い分野における新しい技術を創出する為の絶好の機会である事。また、有人ロケットや有人宇宙船を持たない日本としては、各国が様々な役割を分担して協力する事により、効率よく宇宙環境を利用した多大なる成果を得られるものと判断し、ISS計画への 参加を決定しました。このISS計画への参加は、遅れていた日本の有人宇宙技術を飛躍的に発展させるきっかけになりました。 それぞれの国が、お互いの得意分野を持ち寄り、役割を分担して協力し合うISSは、世界の宇宙開発技術を大きく前進させる為の重要な施設であると同時に、国際協力と平和のシンボルでもあります。

1994年のISSに関する出来事

1994年(平成6年)には、一般的な出来事としては、リレハンメルオリンピックの開催、あるいは郵便料金の値上げ等の出来事があった年で今なお印象に残っている方も少なくはないでしょう。科学的な出来事としては、1994年2月にH-IIAロケットの1号機が、鹿児島県の種子島宇宙センターからの打ち上げに成功したという明るい話題やニュースがあった年でした。...もっと見る>>